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2020年04月28日
ななつ星のお手本!?南アフリカの豪華列車【1993年3月27日】
1993年南アフリカの旅続きです。
https://sugiurains.dosugoi.net/c3166.html
(上記カテゴリーで全てご覧になれます。)
1993年3月27日ヨハネスブルグのユースホステルで開けた朝
昨晩知り合った年配の日本人を見送ってから
のんびり駅へ
10時15分頃ヨハネスブルグ駅に着き
昨日予約した
南アフリカの豪華列車
「THE BLUE TRAIN 」
に乗ります。
プレトリア~ヨハネスブルグ~ケープタウンを往復しています。
代金は当時、確か安い部屋で片道4~5万円くらい!?
高い部屋で15~6万したかと思います。
距離は約1600kmとの事。
(かつて東京~西鹿児島まで走っていた日本のブルートレイン「はやぶさ号」は1515.3kmらしいから
ちょっとイメージ湧きます。)
が中身は大違いで
15両くらいつないで定員は全車両で100人以下と考え方は
最近の日本のクルーズトレインですね。
こんな高い列車とても乗れません・・・でしたが^^;
ケープタウン発列車はヨハネスブルグに10時30分頃到着。
最後のひと区間プレトリアまで
約1時間「体験乗車」ができるのです。
ヨハネスブルグでほとんど降りてしまうからでしょう。
しかもお値段3000円程度。
これでも当時の学生旅の感覚では高いという感覚でしたが
今思うととってもリーズナブルな値段で体験乗車できました。
ラウンジでケーキも頂けました。・・・がやらかしました^^;
皿を落として割ってしまったのです
がにこやかに許してくれました
(AIUの海外旅行保険に入ってましたが使わずすみました^^;)
・・・あれ?
あの団体日本人!?
なんと日本人の団体がいました。
同じ体験乗車かな?
「ワールド航空サービス」と名札のある添乗員さんと少しお話しました^^;
「南アフリカは交通が不便だからツアーがいいよ」なんて言われました。
・・・南アフリカツアー、当時100万近い金額付けていたと思います。
杉浦のボツワナ・ジンバブエ・南アフリカの旅は
・・・336000円と決算が出ています。黄熱病の注射とかで+10000円かかったとあります!?
全てバイトで貯めた旅費でした。
さて、日本人団体さんがゾロゾロ社内を見学に。
ついていろいろ回りました。
それでは写真を・・・

ヨハネスブルグ駅
ブルートレイン車内の様子です。















乗車証明書です
いろいろ眺めてあっという間の1時間。
11時30分頃プレトリア駅終点に到着しました。
当然もっともっと乗っていたい列車でした。




ブルートレイン牽引機です。
https://sugiurains.dosugoi.net/e504847.html
ブルートレインの外観はケープタウンで撮影したこちらもご覧ください

ブルートレインが目的
おまけ!?のプレトリアの旅
つづく
https://sugiurains.dosugoi.net/c3166.html
(上記カテゴリーで全てご覧になれます。)
1993年3月27日ヨハネスブルグのユースホステルで開けた朝
昨晩知り合った年配の日本人を見送ってから
のんびり駅へ
10時15分頃ヨハネスブルグ駅に着き
昨日予約した
南アフリカの豪華列車
「THE BLUE TRAIN 」
に乗ります。
プレトリア~ヨハネスブルグ~ケープタウンを往復しています。
代金は当時、確か安い部屋で片道4~5万円くらい!?
高い部屋で15~6万したかと思います。
距離は約1600kmとの事。
(かつて東京~西鹿児島まで走っていた日本のブルートレイン「はやぶさ号」は1515.3kmらしいから
ちょっとイメージ湧きます。)
が中身は大違いで
15両くらいつないで定員は全車両で100人以下と考え方は
最近の日本のクルーズトレインですね。
こんな高い列車とても乗れません・・・でしたが^^;
ケープタウン発列車はヨハネスブルグに10時30分頃到着。
最後のひと区間プレトリアまで
約1時間「体験乗車」ができるのです。
ヨハネスブルグでほとんど降りてしまうからでしょう。
しかもお値段3000円程度。
これでも当時の学生旅の感覚では高いという感覚でしたが
今思うととってもリーズナブルな値段で体験乗車できました。
ラウンジでケーキも頂けました。・・・がやらかしました^^;
皿を落として割ってしまったのです

がにこやかに許してくれました

(AIUの海外旅行保険に入ってましたが使わずすみました^^;)
・・・あれ?
あの団体日本人!?
なんと日本人の団体がいました。
同じ体験乗車かな?
「ワールド航空サービス」と名札のある添乗員さんと少しお話しました^^;
「南アフリカは交通が不便だからツアーがいいよ」なんて言われました。
・・・南アフリカツアー、当時100万近い金額付けていたと思います。
杉浦のボツワナ・ジンバブエ・南アフリカの旅は
・・・336000円と決算が出ています。黄熱病の注射とかで+10000円かかったとあります!?
全てバイトで貯めた旅費でした。
さて、日本人団体さんがゾロゾロ社内を見学に。
ついていろいろ回りました。
それでは写真を・・・

ヨハネスブルグ駅
ブルートレイン車内の様子です。















乗車証明書です
いろいろ眺めてあっという間の1時間。
11時30分頃プレトリア駅終点に到着しました。
当然もっともっと乗っていたい列車でした。




ブルートレイン牽引機です。
https://sugiurains.dosugoi.net/e504847.html
ブルートレインの外観はケープタウンで撮影したこちらもご覧ください

ブルートレインが目的
おまけ!?のプレトリアの旅
つづく
★ コロナウィルス、早く収束しますように★
Posted by すぎうら あきのり at 06:00│Comments(2)
│南アフリカの旅(1993年3月10日~31日)【特別企画?】
この記事へのコメント
当時も南アフリカに行くツアーが存在していたのですね。
団体で行ったとしても普通いかない国ですから、それを一人で行くのはやはり変態だ(笑)
それにしても体験乗車3000円の設定があるのも凄いし、それを知っていたのも凄い。
団体で行ったとしても普通いかない国ですから、それを一人で行くのはやはり変態だ(笑)
それにしても体験乗車3000円の設定があるのも凄いし、それを知っていたのも凄い。
Posted by イワケン
at 2020年04月28日 16:48

今思うとネットもない時代によく情報収集しましたよね^^;
そもそもインドに「冒険」に行く予定が暴動が起きて
「渡航自粛要請」国となり、
「冒険」カテゴリーは変えられず代わりに選んだ国。
しかしインドはすでに既に海外旅行のバイブルであったガイドブック「地球の歩き方」はじめ日本人向けガイドブック等は揃っていました。
一方南アフリカは「地球の歩き方」はじめガイドブックは当時みつかりませんでした。
しかし観光客誘致には熱心さが感じられ、
「南アフリカ政府観光局」
が東京にあり日本語のもの含む地図やちょっとしたチラシとかいろいろ取り揃えていました。
また鉄道雑誌などからも断片的な情報が入りました。
ブルートレインの体験乗車などのレポートもどこかにありました。
「海外鉄道研究会」という会にも入りました。
列車時刻は
「トーマスクックの世界の時刻表」
で主要列車の時刻はなんとなく分かりました
あと「南アフリカ」はヨーロッパからの南半球の観光地。
アパルトヘイトが撤廃されたばかりの頃でしたが、白人の世界を旅する限り「ヨーロッパ」であろうという予感もありました。
差別の国の中で
日本人は「名誉白人」というよく分からない立場でしたが、
日本人旅行者には限りなく親切な国でした。
ともあれある程度ミッションこなし!?
こうやって日記が書けて良かったです^^;
そもそもインドに「冒険」に行く予定が暴動が起きて
「渡航自粛要請」国となり、
「冒険」カテゴリーは変えられず代わりに選んだ国。
しかしインドはすでに既に海外旅行のバイブルであったガイドブック「地球の歩き方」はじめ日本人向けガイドブック等は揃っていました。
一方南アフリカは「地球の歩き方」はじめガイドブックは当時みつかりませんでした。
しかし観光客誘致には熱心さが感じられ、
「南アフリカ政府観光局」
が東京にあり日本語のもの含む地図やちょっとしたチラシとかいろいろ取り揃えていました。
また鉄道雑誌などからも断片的な情報が入りました。
ブルートレインの体験乗車などのレポートもどこかにありました。
「海外鉄道研究会」という会にも入りました。
列車時刻は
「トーマスクックの世界の時刻表」
で主要列車の時刻はなんとなく分かりました
あと「南アフリカ」はヨーロッパからの南半球の観光地。
アパルトヘイトが撤廃されたばかりの頃でしたが、白人の世界を旅する限り「ヨーロッパ」であろうという予感もありました。
差別の国の中で
日本人は「名誉白人」というよく分からない立場でしたが、
日本人旅行者には限りなく親切な国でした。
ともあれある程度ミッションこなし!?
こうやって日記が書けて良かったです^^;
Posted by すぎうら あきのり
at 2020年04月29日 00:14
